あずきさん、あの日のこと…

2025年4月14日21:28…あずきさんは虹の橋のたもとに行きました。

あの日、午後だったでしょうか…おしっこの色が突然オレンジ色に変わっていた。「あ…」その日が来たのか…と。18時頃便が出て終末が緩かった。大体7~10日で丁度良い便が出ていたのに…。もう肛門が緩くなってきたのか…、あ、でもまだきゅっと閉まる…。18時半ころだったでしょうか、少し咳込んだような呼吸をして…でも、しばらくで落ち着いてホッとして…。

その後、ずっとそばにいたあずきさんを気にしながらも…見られなかった。自分に「さっき呼吸落ち着いたしおこしたくないな。」「ご飯食べられるかな、でも無理だったらどうしよう。」と、見ることが怖くて…時計を気にしながら20:30…とか確認したのを覚えている。でも、ごめんね、見てあげられなかった。

21時半近くなって、あずきさんを見た。「あっ」…瞳孔が開いているように見えて…慌てて掛物を外して心臓の音を聞いた。確かにトクトク、トクトク…と早く拍動する音を確認した。ホッとして掛物を直してあずきさんの顔を見た。

…もう、逝ってしまった顔だった。慌てて掛物を外して胸の音を聞いた。何にも聞こえなかった。時計は21:28だった。

ずっとちゅ~るを10~12本/日給仕してた。2月14日はももちゃんが逝った日で…その日ふと「4月14日頃なのかな…」って思ったのを覚えている。3月になってちゅ~るは5~6本/日しか食べられなくなった。なんで食べないの!なんで!!って癇癪を起して泣きながら給仕してた。でもそんなのわかってた。体中を痛がって痛み止めの注射に通っていたころ、最後に測った体重は1.1㎏だった。もうとっくに1㎏を切ってしまっていることはわかってた。骨と皮だけになって…。4月になってちゅ~るは3本/日がやっとになって…。

4月14日の昼は何とか0.5本/日…おしっこの色、便の出方…もうわかってた。ずっと…何日も前から、その時が来たら、あずきさんをお風呂に入れてきれいにして抱っこして居ようって思っていた。

お風呂に入れる気持ちにはなれなくて…ただ、あずきをずっとおなかの上に抱っこしてた。ホントは冷たくなるまで抱っこしていようと思ってた。でも…冷たいあずきは嫌だった。1時間もせずににおいが変わった。そんなあずきは違うと思った。

小さな保冷材で冷やし、大好きな愛用の段ボールにあずきさんを寝かせた。

あずきさんは右向きが好きだった。体が楽だったのだろうと思っていた。でも、最近思った。私が帰って部屋の明かりをつけると、あずきは必ず私のほうを見て頭を持ち上げ、黒いクリクリの瞳で私を見つめていた。もしかして…私が帰ってくる方向を見ていたのかしら…と。そして私が帰るとあずきが寝る位置をずらしていて…やっぱり右向きだと私の顔のほうになる…。私を見てたの?

あずきさんがいなくなって、泣かない日はなかった。いろいろな環境の変化の中で…年が明けてから泣かない日も増えてきた。それでも、いつもゴメンね、無理させちゃったねって謝ることばかりで…。1年たって、「ゴメンね」ではなくて「ありがとう」を増やしていきたいと思えるようになった。

私が逝くときにはあずきさんを一緒に燃やして…とお願いしてある。そして、私の骨壺には足あたりの骨だけ入れて…と。

あずきさんの骨は私の骨に纏い、同じ場所に捨てられるでしょう。その時、あずきを呼べるようにのどぼとけを、見て匂いをかげるように顔や頭を、撫でられように手を…一緒に捨ててもらえるようにと思っている。

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三毛猫「あずきさん」と下僕が思う猫のあれこれ。お猫さま介護もちょっと…

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